みんな、周瑜さまがお好き?

 今日は江森備さんの歴史小説「私説三国志 天の華地の風」について、私がずっと疑問に思ってたことを聞いてもいいでしょうか。

 あの~みなさま、やっぱり周瑜さまのファン?

 というのも、アマゾンとかブックメーターとかの書評を読んでみると、

 https://bookmeter.com/books/381492

 みなさまの周瑜への並ならぬ愛を感じる…。

 

 私自身、10巻まで全部読んだ人はみんな魏延が大好きになると思い込んでいるんですが、もしかしてそれは少数派なのか?

 

 というわけで、改めて1巻と2巻を読み返してみたんですけどね。「今日こそは、感じまいと思っているな?」。うん、いいぞ、いきなりエロい。孔明が女性的で陰湿だあ~。ちょっと「日出処の天子」の厩戸皇子のイメージに近いかな。「黙らぬか!」 わーやっぱり、鉄甲をはめた手で孔明をぶん殴ってますね。髪をつかんで引きずり起こす、刀のみねで打ち据える、太刀で髪の毛をちょん切る…これは時代的なのものなのか。現代の少女マンガではありえない王子様の暴力展開だ。こいつ、もしも自分が性的不能になったら、100%孔明と無理心中をはかるタイプだな。考えられる限りの派手な方法で。なんだろう、孔明周瑜が穏やかに暮らすさまが想像できない。どうしてもバイオレンスになってしまう…。

 でも、改めて読んでみると、孔明が非常に生き生きしてますねえ。「今度こそ、食うか食われるか。おまえに見ていられるかな」とか、名ゼリフですよね。「倍返しだ!」って感じ。周瑜と対峙しているとき、彼の腕をすり抜けて、彼を殺そうと画策しているとき、孔明は強くて美しいです。ある意味、周瑜によって、持っている力を最大限に引き出されているのでしょう。改めて、この物語の出発点には、支配的な男性との対決や女性のどうにもならない業のようなものがあると思う。

 で、いますっかり子持ちになってしまった私にはDV不倫クソ野郎にしか見えないんだけど、やっぱ「登場人物で誰が一番イイ男か?」って聞かれたら、周瑜なんでしょうね。少女のころにこの物語を読んでいたら、周瑜を好きになったかもしれません。なんかすぐだまされたり、歌ったり踊ったり、バカにしか見えない時もあるんだけど、問答無用のオーラがある。番外編でも、「太微東上神将」とか名乗って、何の努力もせず、おいしいとこをもっていくし。

 そして私は思いました。小林智美先生が本気で書いた周瑜のイラストが見てみたい。だって、電子版には挿絵がないんです。その後購入した古本9巻にも、周瑜のまともな挿絵がない! みんなが周瑜を好きなのは結局は雑誌連載時の小林先生の美しきイラストのせいじゃないのか?  それを見たい! これはやっぱ、画集を買うしかないのかな。

 

 

 

 

歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」 勝手に名場面集 その3

 やっと仕事が片付いて、今日はめずらしく解放感があります。こんな日に好きな小説のことを書ける。これ以上の喜びがあるでしょうか。

 しばらく間があいてしまった天華の名場面集を再開したいと思います。「名場面集その2」では、6巻の「街亭の戦い」までいったのでしたね。8巻には魏の騎馬兵の追撃からの、「わかりきったことを」があるのですが、魏延の解説の回で書きまくってしまったので、今日は8巻の終わりから紹介したいと思います。

 

6)夜明けの皆既日食 (8巻)

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 言わずもがなの名シーンですね。章のタイトルにもなっている「黄金の翼」。「このときの蝕は、ほんとうはもっと浅いものだったようです」と、江森さん自身が8巻の篇外録で解説しています。史実に添った想像(妄想)、の間に織り込まれたファンタジー

 この小説では、江森さんが「美しい」と思う情景(ご本人の言うところの「音と気配」)に向かって物語が突き進む、というのが何回か出てきますが、この日食もそんなゴールに当たる場面なのでしょう。

 おののきに静まりかえる漢中の街。暗黒の旭日。私はなんか、このシーンを読むと胸が苦しくなります。天の大きさに対して、いかに人間が無力であることか。「空の墓穴」が迫る光景は、この先の2人の運命を暗示しているようでもあります。

 日食の最初から最後まで魏延の目線で進んでいくのですが、その目に映る孔明は、とても不安そうで、弱くて、無力です。孔明が何を感じたのかは書かれていません。「この心ひえる光景を前に、かれが、なにをいいたいと思い、なにに感じ、痛みをおぼえたか。魏延は自分ではそれを理解したと思ったが、口には出さなかった」。

 この小説のこういう「言い切らない余韻」がとてもいい。そして、日食が終わって、ほっとした孔明の目を見て、魏延は何も言わず身体を引き寄せます。優しさとは、気づくことなのだな、とこの本を読んで知りました。優しさとはきっと、気づいて寄り添うことです。この場面では、彼の優しさが読んでいる私の心にも流れ込んでくるような気がします。

 

7)周瑜の墓参り(9巻)

 建興11年(西暦233年)正月、孔明は娘の朝薫と姜維を連れて、お忍びで隣国の呉に行きます。目的は孫権の説得でした。お兄ちゃん(てことになってるけど本当はおじさん)の諸葛瑾がお出迎え。孔明が、周瑜とそっくりの姜維をそばに置いていること、そして娘の朝薫と姜維を添わせようとしているのを見て、胸に感じるものがあったのでしょう。孔明周瑜の墓参りへと連れ出します。

 このお兄ちゃん、1巻から登場してここまで生き残っている数少ないキャラですが、私は好きです。

「周囲をはばかる恋をし、それがために誰かを犠牲にした。兄の誠実さは、その罪の意識が、背骨に通っているのだ」(9巻)と書かれています。

 すごくざっくり言うと、諸葛瑾は自分の兄(孔明の父親)が死んだあとに、その奥さん(章二娘、絶世の美人、孔明のおばさん)と禁断の恋に落ちて逃避行、そのために孔明と妹と弟はいじわるな親戚の家に置き去りにされてひどい目にあった、というか孔明はその家の主人に手込めにされた…ということです。「三国志正史」には 諸葛瑾について「実母が死ぬと継母(章二娘と思われ)に孝養を尽くした」とあるので、ここから江森さんが想像したのでしょう。この想像(妄想)の詳細さが作品に深いリアリティを与えています。「罪の意識が、背骨に通っている」という表現もいいねえ。詳細な妄想と高い表現力、そして徹底した美の追求。

 呉へのおしのび旅行では、周瑜をめぐって、孔明姜維がやりとりする場面も出てくるのですが、この場面の孔明がすごく美しいんだな。周瑜との間柄を「ふつうでない縁でつながっている。敵手どうしでありながら、だれよりも相手を理解している」と指摘されて、照れています。DV束縛不倫男の周瑜さま、20年たって、すっかり美化されている模様。孔明周瑜を理解していたと思いますが、周瑜孔明を理解していたのかな。周瑜の愛情は、頭で考えるというより、直感的、本能的なもののように感じますが。

 

 話がそれましたが、瑾兄ちゃんに誘われて馬を走らせ、孔明は川の上流へ。森に囲まれたひんやりとした泉、風にざわめく木々。「ながく、おまえを待っておられたのだ」。その言葉で孔明はそこが周瑜の墓と知り、兄ちゃんの粋な計らいに感謝しつつ、周家の墓所に向かいます。馬をつないであずまやで数時間待つ瑾兄ちゃん。孔明周瑜とのなれそめから、その結末までを知っているただ1人の人物です。脳裏には、孔明を待ちわびて、いきなり詩を吟じ始めた柴桑城の周瑜(当時35歳)が浮かんでいることでしょう。孔明は墓前で、周瑜とどんな対話をしているのでしょうか。

 と、思ったら、戻ってきた孔明は、ほつれ髪の美しい表情で、「は~なんか別の男のこと考えてましたわ。最近全然会ってないんでね~」「なんかね、どうしてもその男と別れる気にならないんですわ」「これってなんですかね。愛してるってことですかね」(意訳)。お兄ちゃん絶句。読んでた私も絶句。え、ここ、話の流れ的に、周瑜との思い出を話すシーンじゃないんですか…? なんでお兄ちゃん相手に突然ノロける?

 しかも、その考えている中身を知ったら、真面目なお兄ちゃんは、卒倒するどころじゃすまなかったでしょう。書いてないですが、前後から推察するに99%エッチな内容です。「魏延はなんでこの前の夜、あんな×××なんか使ったのだろう」「あんなひどいことされても、どうして別れる気がおきないんだろう」「あ~なんか会いたくなってきた。早く甘えたいよ~」的な。

 孔明はずっと忙しくて、考えごとする時間がなかったんですね。だから久しぶりに1人になって、ずっと気になっていたことに思いをはせた…って、なぜそれが、元彼の墓の前? フォローできませんww。もし死後の世界にこの内容が伝わっているとしたら…いくらなんでも周瑜さまがかわいそう。あ、でも番外編で、地獄で孔明と再開したときに、この時のことをひと言も話してなかったので、周瑜さまのなかでは、ショックすぎて、すべて消去されているのでしょう。

 呆然として話を聞いていたお兄ちゃんが「それは誰のことだ!」と怒ります。お兄ちゃんの怒りはもっともです。相手を知ったらさらに怒ることでしょう。でもなんだかほっとしているようにも見えます。

 いずれにしても、孔明が2人の男のことを比べるのは、本編ではここだけなので、貴重。孔明は、魏延については理解できないままに、周瑜のことは、実はすっかり客観視できていたのだとわかります。孔明の空気読まない感じと、お兄ちゃんの真面目さとでほんわかした気持ちになる、私の好きな場面です。

 

 

 

 

 

 

 

愛を知り、愛に救われ、愛によって滅びる 

 前回更新してから1か月も経ってしまいました。きっとこの小説が好きでアクセスしてくれている人がいるのに、申し訳ないです。めげずに進みたいと思います。

 この1ヶ月間、忙しくてブログを書けない間、つくづく、天華のどこが最大の魅力、オリジナリティなんだろうか、と考えていたのですが、「愛によって魂が救われる」というテーマなら、JUNEに限らず、割とよくあるかな、と思うんですね。たとえば、10代のころにはまった吉田秋生さんの「バナナフィッシュ」は、主人公のキャラがこの天華と比較的似ているように思えるのですが(子供のころに性的虐待を受けた超美形の天才)、アッシュは英二との友情によって不信と孤独から救われます。そして、最近読んだ完成度が高い少女漫画「椿町ロンリープラネット」も、さみしい暁先生に優しい心を取り戻させ、家族と和解させるのは、同居の女子高生、ふみちゃんの愛でした。

 というわけで、子どものころ大人に蹂躙されて誰も信じられない孔明が、魏延の愛情によって人の心を取り戻す、というところまでは名作ならよくある、として、この小説の本当にすごいところは、「愛を知り、愛に救われ、愛によって滅びる」。これだと思う。

 なんかね、そうやって読み返すと本当に徹底している。(ちなみにバナナフィッシュのアッシュは、最大の敵を倒したあとに、どうでもいいキャラにいきなり殺されて死にます。英二を守るため、とかではないのね)。天華を最初に読んだときに 姜維 が4××を見て殺意を持つ経緯が妙に下ネタで、この小説の文体の品格と合わない気がして、ずっと違和感があったんですよ。だって、 姜維は最初から赤眉の刺客として孔明を殺すために送りこまれているわけだから、わざわざ過激な場面を見せて、それをもって孔明を殺す理由にする必要ないんじゃないかなって。

 そして、魏延を愛してからの孔明のあからさまな変化。為政者としての彼の取り柄だった公平性や猜疑心、人の心を読み通す能力は愛に溺れたことですっかり失われ、楊儀劉琰から反感を買い、姜維の殺意にも気づかず、最終的にこの人たちに毒薬を飲まされることになります。極めつけは、最終章の朱蘭が離反する経緯。なんでここまでやるの…と思っていましたが…

 それもこれもすべて、「ラストシーンの孔明は、魏延と二人きり、魏延の腕の中で、愛によって滅びなければならない」という作者の強い意志だったんだな。権力者ゆえに部下や皇帝に恨みを買って死ぬとか、赤眉に暗殺されるとか、魏に謀殺されるとか、まして病死するとかそんな死に方じゃ全然ダメで、とにかく、「愛によって死ななければならない」。

 愛を知らずに育った孔明が、深く愛されて心が満たされ、ただ愛されるだけでなく、自分も初めて人を愛することができるようになりました。パチパチパチ…普通ならこれで終わりそうなもんですが、なんとなんと、その瞬間から孔明の破滅が始まってしまうという。あまりにも非情すぎる。こんな江森さんは、率直に言って鬼だと思う。幸せな場面がほとんど1ページくらいしか続いてないし…

 これに気づいてからつくづく思いましたね。ああ、江森備という作家さんは、読者のために小説を書いているんじゃなくて、小説によって、自分が思う「美」というものを追求しているなって。江森さんの中では、愛によって滅びるのが美しいんです。こうなったらもう、読者はただ、美の旗を高々と掲げる江森さんについていくしかないじゃない。

 だから、6巻からの後半は、美しくもとても悲しい。二人が理解し合い、愛し合うようになる過程は、そのまま孔明の破滅につながっているから。

 なんかもう今日は久しぶりにブログを書けるうれしさで語りまくり。あれ、何かおかしなこと言ってます? 僕、大丈夫?

 

 

歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」 勝手に名場面集 その2

 昨日、初めて「天華」でコメントもらいました☆ うれし~。本作を愛して、こんなブログまで読んでくれている人がいるんですね。ひゃっほー! というわけで(?)、名場面集を続けます。本業で締め切りの原稿がいくつかあるんだけど、そういう時に限って、手が止まらなくなるんだな。

 私は「天華」では、全10巻の中で、6巻が一番好きです。

 6巻が始まった時点では孔明は不敗の大将軍で華やかさがあるし、司馬懿仲達が出て北伐が始まって、展開にスピード感が出てきます。でも何よりも良いのは、単純に、魏延が優しい、ってことに尽きるな。後半に入って、彼はますます孔明をよく見て、よく理解しています。その深い愛情に、読んでいるこっちが癒される~。

 

4)「いまや、孔明は、魏延がかきならす楽器だった」

 これ、作中で一番いいベッドシーンじゃないですかね。興国の阿里王の館でのことですけどね。異国での花嫁行列、木製の仮面をつけた人たちのお祭り、天に上がる火球から落ちる花火…

 前段階のすべてがロマンチックです。そして夜具の上での二人のやりとりもいいんだな。「そうやって私を抱いて、おまえは誰のことを思っているのだ?」と愛情を確認しようとする孔明魏延は口ではつれないことを言いながら、終わったあとに、孔明が気づかないところで優しく愛撫するという…はっきり言ってこれは萌える! 表現も一文一文が短く、音楽にたとえられていて、なんだか上品です。芸大音楽科出身という作者の本領をあますところなく発揮。

 

 この場面での孔明は、権力も知性も理性もなく、サービス精神(!)すらなく、完全に自分をさらけだしています。そんな素の孔明を、その背中の傷までも愛する魏延。江森さんの中では、こういう愛こそが美しいってことになってるんだろうな、と思わせる。そして私も理想の愛の形だと思う。

 一つ気になったのは、忠実な家令・裴緒が声をかけるタイミングが絶妙すぎるぞ!

 ずっと扉の外で、邪魔しないようにタイミングを見計らっていたのかな…。結局怒られてますけど。ご苦労様です。

 

5)街亭の戦い(6巻)

 「泣いて馬謖を斬る」の故事で知られる街亭の戦いですが、本作では6巻後半からクライマックスの街亭の戦いに向けて、いくつかのエピソードが並行して描かれます。そのようすは複数の楽器が別々のメロディを奏でながら調和して最終章に向かうオーケストラのようにもみえます。

 孔明の隠された過去に迫る司馬懿仲達▽かっての恋人とそっくりな姜維の登場、馬謖の嫉妬▽孔明にはまったく身に覚えのない側室の妊娠▽孔明が心の奥で周瑜公瑾を忘れていないこと… 悲しすぎる6巻のラストに向けて、すべての要素が集約していく。その臨場感たるや…

 私が特に感心したのが、横山先生の漫画「三国志」ではほとんど印象のなかった諸葛喬です。私の手元にある正史「三国志」には、「諸葛亮にまだ子供がなかったときの後継ぎで(街亭の戦いと同じ)建興6年(西暦228年)に25歳で早逝した」としか書いていない。そこを孔明の側室の妊娠と結びつける江森さんの想像力。

 本作では孔明の側室に手を出す諸葛喬の若さ、そしてそれを許せない孔明の弱さが悲劇を生むのですが…諸葛喬と馬謖によって、ほんのわずかな私情の揺らぎで家族を死なせ、味方を大敗させてしまう権力者としての孔明の孤独が読者に痛いほど伝わってきます。「銀河英雄伝説」にも、ここまでの悲哀はなかったはず! これは堂々たる純文学だと私は思う。

 それにここでもさ、魏延の存在が切ないねえ。

 ここに到っても、「もうダメか」というピンチの場面で、孔明が心の中で名前を呼ぶのは周瑜魏延にあれほど優しく抱かれながら、かれは実は周瑜の形見の琴爪を肌身離さず持ち歩いていたのです。

 敵の大群を前に、朝焼けの門楼に上がり、亡き恋人を心で思いながら琴をひく。「我を守れ 周郎……!」。街亭の戦いにおける「空城の計」は、本作でも屈指の美しい場面です。そして、魏の旗をたなびかせて現れたのは…

 これでさすがの孔明も気づいたんじゃないのかな。本当はだれが今の自分を愛して、命がけで守ってくれているのかを。孔明の孤独を癒やすのが、亡き恋人の思い出じゃなくて、目の前にいる優しい男の強い腕、というのに読者の私は救いを感じます。

 そしてまた一つ気になったのは、孔明は忠実な家令・裴緒にちゃんと謝ったのか? 

  「黄娘が生んだ子、父はおまえだな」って決めつけて…ぜんぜんっ違う! 孔明、いくらなんでも人を見る目なさすぎ。こうしてみると、赤眉ってことも判明するし、6巻は家令の苦労人ぶりが際立っていますね。(勝手に名場面集 その3に続く) 

歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」 勝手に名場面集 その1

 前回ブログを更新してから、また読み返していました。3回目ですよ3回目。1回目は勢いに乗ってざーっと読んじゃって、最後までいって、ぼーっとしてから、わからないことがいっぱいあることに気づき、2回目は孔明の感情に沿って読み返し、ほほーっとなり、3回目は、ついに陳寿の「三国志正史」を手元に、歴史的な事実と比較しながら精読するという。ふむふむ、なるほど、正史のこの部分がこう書かれているのね、みたいな。どんだけはまっているんだ!
 それにしても読み返すごとに新しいことに気づく小説です。すごいね。この感想を周りの人と分かち合いたいけど、きっと誰も読んでないし、怖くて死んでも職場で言い出せないからこの場にぶつけます!
 「魂の救済編」に行く前に、天華の名場面を「その1」「その2」「その3」と3回に分けてまとめることにしました。完全に私セレクション。これを読んでいる人が、おいおい、違うだろ!と思ったらすみません。時系列でいきます。

 

1)春雪の柴桑城 孔明の涙 (1巻)

 1巻の最後の場面ですね。自ら殺した呉の武将・周瑜公瑾の葬儀の場、お城の回廊から春の雪が降る様子を見ていた孔明は、ふと、死んだはずの周瑜の気配を感じます。
 「もう居ないのだ。あの声も、姿も、もう、無いのだ」。孔明の氷のような頰に流れる熱い涙。そう、孔明は自分が思っている以上に周瑜を愛していたのです。この時に初めて自分で気づく。読んでる私も、ああ、孔明周瑜が好きだったんだなあ、と胸がぐっとなりました。ばかだね、孔明は。今さら気づいて泣くなんて。
 自分の手で殺した恋人を思って、さみしく雪の降る庭を見つめて泣く美人…降り積もる雪の音まで聞こえてきそうな美しい場面です。

 

 2)妖彗星 (4巻)

 飛んで4巻。私の大好きな場面です。この時の孔明は蜀の軍師で政敵・法正との権力争いの真っ最中。漢中の攻略(定軍山の戦い)にのぞむ劉備の命令で、魏延成都にいる孔明を迎えに来るところから始まります。夜明けの成都の空に一直線にはしるのは彗星――。孔明魏延の関係も、ここから大きく動いていく予感。
 漢中に向かう道すがら、ずっと乱暴で残酷だった魏延が、初めて孔明を優しく抱きます。萌えるね~、冷たかった男が急に優しくなる。どうやら彼は、弟にさえ心を許せない孔明の孤独に気づいたよう。でも孔明には理由がさっぱりわかりません。その後のやりとりがまた、すごくいいんだな。
 うわ言で周瑜の名前をつぶやいていることを指摘された孔明は、「あれは特別なのだ。周瑜は」「私の心に食い入ってきたのは、かれだけだ」とわざと魏延を嫉妬させるようなことを言います。心の中で舌を出す孔明。ところが…
 魏延は、まったく動揺しないどころか、法正に言われて優しくしたというようなことを言い出し、逆に孔明の方が「うそ!? あいつにしゃべっちゃったの!?」と取り乱してしまうのです。
 誤解と分かって涙声で抱きつくのは孔明の方です。「嬲ったな。許さぬ」と泣いちゃう。かわいい! おそらく、魏延もかわいいと思ったことでしょう。書いてないけど。
 この二人の関係というのはずっとこんな感じで描かれています。人の心を操ることに長けているはずの孔明ですが、唯一の例外が魏延孔明が仕掛けたこと、想定したことに対して、想像もしないような返事をしてくる。つまり、コントロール不能。そして逆に孔明の方が素の自分をさらけ出す羽目になる。それが何ともかわいいし、魏延もまた、その孔明をかわいいと思っていることが伝わってきて、ひゃーっとなります。


 
 3)おぞましや孔明、身のほどを知れ! (4巻)

 出ました。本作のナンバー1パワーワード。4巻の終盤「月やあらぬ」とタイトルがつけられた回です。皇帝になったばかりの劉備の口から出るまさかの言葉。すべてのLGBTを敵にまわす暴言です。ひ、ひどい。孔明はさ、劉備のために山の庵を出て、周瑜まで殺したというのに…
 最初、美しい月を見ながら静かに語り合っていた劉備孔明ですが、関羽の仇討ちに執念を燃やす劉備は、それをいさめる孔明を冷たい目で見下ろします。「おまえごときに弄ばれる劉備玄徳ではない」「周瑜を捨て、わが許に戻りしはなんのためか。つめたき野心のためか。けがれたる欲望のためか」って…。ああ、劉備孔明周瑜の間に起きたことを知っていたんですね。いつからこんな目で孔明を見ていたんでしょうか。憧れの人からこの言葉を吐かれた孔明の衝撃やいかに…。

 タイトルの「月やあらぬ」とは「古今和歌集」にも収録された「伊勢物語」の恋の歌「月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして」からきているようです。「(一緒に見上げた)月はもう、昔の月ではないのか」「自分だけは昔のままなのに」。ここに至って孔明劉備の決裂は決定的になります。こんな場面ですら、美しく描く江森さんは本当に素晴らしいと私は思うぞ。
 で、これを言われたあと、孔明は、自分から漢中の魏延のところに、何百㌔も一人で馬に乗って走ってゆくのでした。

 ちなみに、本作のパワーワードには他に「その麗容の下、まさしくけだもの」(5巻)もあります。

(「勝手に名場面集 その2」に続く)

 

歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」の魅力(その3 魏延編)

 まだまだ続くよ、天華の解説。筆が止まらないから仕方ない~♪ 今回「天の華 地の風」の3巻以降に登場する、孔明を守り続ける年下の男、魏延文長について解説しま~す。

「横柄な部下」登場

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「天の華 地の風」9巻の中表紙より 魏延、かっこいい!

 

 周瑜が死んだ後、2巻を読むと建安18年(西暦213年)、孔明(33)からの手紙を受け取った劉備が手紙の匂いをくんくんかいで「(劉備の)つぶやきに、感慨がにじんだ。意外なほどの甘さだった」などと書いてあったので、なんとなく、やっぱり劉備とうまくいくのかな~と思っていたら、いきなり3巻の冒頭は10年後の章武3年(西暦223年)で劉備はひん死でした。最前線の白帝城で、暴徒を前に危険な演説をする孔明が、自分の護衛にと満座の中から指名したのは…おやおや、まったく新しい男。「魏延、参れ」。魏延…いかにも悪そうな野蛮な男。なぜ彼が孔明のそばに? その秘密は3巻の終わりに明らかになります。

 

 魏延といえば、横山先生の漫画の三国志では、孔明に反抗しまくって、孔明の死後にその傲慢さから首を打たれた武将です。本作でも、傲慢で横柄。美しければ男でも女でもどっちでもいいやという野獣タイプ。貴公子の周瑜さまとは正反対。
 このころの孔明はひたすら孤独で暗いのですが、ストーリーは面白くなっていきます。(でも、時系列が行ったり来たりですごく読みづらい…)蜀内部の政敵で、キツネにそっくりという法正と繰り広げられる権力闘争。孔明は法正を倒すために、法正グループを徹底的に調べてその中から魏延に目をつけます。自分を抱かせて夢中にさせ、いいように操って政敵グループを壊滅させてやろうというもくろみでした。

 しかし残念なことに…孔明人を見る目はゼロでした。魏延孔明が思うよりもずーっと野蛮です。あまたの戦場を勝ち抜いた生粋のたたき上げ。周瑜をだました孔明の(ちょっと白々しい)手練手管も見事に見抜かれて、まったく通用しません。甘っちょろい孔明はここぞという修羅場で逆に魏延に弱みを握られ、脅される羽目に。「軍師の狂うさまがみたい」。まさかの恥辱シーンは真面目に18禁。

 

 魏延、ひどい!鬼畜!やさぐれ!と言いたくなりますが、元はといえば、孔明が自分から仕掛けた罠。それに、孔明は百戦錬磨の武将を相手に、体を使って操れるような神経の太さや技術(!)は最初から持ち合わせてないのです。

 3巻では魏延に脅されて「おまえなど殺してやるっ」とわめいていましたが、4巻で少し優しくされると、「なぜ?」といぶかりながらもすぐに彼に甘えて頼りたくなってしまうのでした。5巻になると、わめいていたことなどすっかり忘れて、自分から抱きついて首に腕を回す始末です。孔明よ、お前の超絶美形としてのプライドはどこに行った、と問い詰めたくなる無節操。しかし、ちょっと人間離れして不気味だった1、2巻にくらべ、男に振り回されているさまは、かわいい!

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「天の華 地の風」7巻 小林智美さんの挿絵はもはや芸術作品レベル

キャリア女子の最強パートナー伝説

  一方魏延の方は、せっかく最高権力者を自分のものにしたというのに、要求する内容と言えば「前線に出せ」くらいです。官職をよこせとか、給料を上げろとかさ、普通はそういうことを言いそうなもんですが。これでは、ただのやる気のある部下。そして、孔明のことをよく見ている。 時に冷静すぎるほどの観察眼こそ、この人の本領です。やがて、誰にも心を許さず兄弟すらも計略の道具に使い、ただ国家のために身を捧げ、そのくせたいして報われていない孔明のさみしさに気づいて、だんだん惹かれるようになります。

 

 この魏延という人。登場したころは、「それがしをないがしろにすると…」などと、私がこの世で一番嫌いなDV発言を連発していたので、なんだかな~と思っていました、正直言って。が、度重なる戦功によって社会的身分も上がり、孔明から必要とされていると実感するようになると、やがてキャリア女子の理想のパートナーへと変わっていきました。もしかしたら、その変貌ぶりこそが、この小説の一番のファンタジーかもしれません。

 まずスーパー周瑜さまが孔明の仕事を邪魔しまくっていたのに対し(敵だからしょうがない)、魏延は4巻の途中から部下として孔明の権力闘争を勝手にサポートし始めます。関羽を排除し、人間コピー機みたいなおじいさんまで貸してあげて、劉備のせいでぶっこわれた呉との国交を結び直すのにも一役買います。しかも

・人として間違っている時にはしかり(5巻)

・ぐっすり眠れない時には優しく抱いて寝かしつけ(6巻)

…とお母さんのような情の深さ。そうそう、仕事で失敗して疲れ果てていると、全てを受け入れてくれるお母さんがほしくなるよね~、と孔明の気持ちもよーくわかります。しかも感極まると、うわごとで周瑜の名前を呼ぶ(!)という失礼極まりない孔明の性癖に対しても、「自分の手の内にいることに変わりはない」などと言って、その心の全てを支配しようとはしません。そんなことはできないと最初から思っている様子。一見野蛮のように見えて、きわめて理性的です。後半、その苦しい胸の内がしだいに明らかになっていきますが…


 ともかく、脳内の99%が仕事という孔明にとって、仕事ができて(ここ重要)、長期間ほったらかしても浮気もせず、素の情けない自分を理解して受け入れてくれる魏延は、これ以上はない旦那さまなのです。

愛は語らず… 

 私が魏延について特に気に入っているところは、最後までほとんどデレなかったところですね。孔明が何度気持ちを確かめようとしても、口調はあくまで冷たいまま。ただ、態度だけは優しい…。どういう状況に置かれようと、デレず、崩れず、放り出さず、孔明を守り抜く彼は、まさに武将。マン・オブ・ザマン。作中には本心を悟られまいと理性を働かせる魏延の描写が何度も出てきます。それにはこういう理由が。

 孔明は、自分の覇業のために、情をかけてくれる相手を、男でも女でも利用して殺すとんでもないヤツです。孔明を知り尽くしている魏延は、自分の執着心を利用されることを警戒しているのでした。おぼっちゃまの周瑜さまのように、熱っぽく愛を語ることはありえません。ただ、裏に表に、命がけで孔明を守るのみ。

 例えば終盤の8巻。第四次北伐で、蜀軍を率いていた孔明は、祁山から全面撤退するときに、最後尾で自分を盾にする作戦に出ます。総大将が最後尾の時には、秘策を恐れて敵が追撃してこないだろうという見通しですが、実はなーんの策も用意していないという…。とても三国志諸葛亮孔明とは思えん無策ぶり。セオリーを無視した魏の大将・張郃の騎馬兵に追撃され、蒼白になる孔明。一緒にいた魏延は、ふるえる孔明を守って死にかけます。

 張郃は何とか討ち取ったものの、責任を感じてべろんべろんに酔っ払い(オイ!孔明!)、「何度私のために命を張ったのだ。不本意な扱いばかり受けていると思ったことはないのか?」と尋ねる孔明に、「あなたがこの国の権力者だから(守っているだけ)」と平気な顔でひとこと。かっこいいのう…。

 作中における魏延の役割は、野蛮そのものと思われた3巻冒頭での登場シーンから戦慄のラストまで、姫を守る騎士、もしくは仕事中毒人間の優しき伴侶でした。そんな彼に芯まですっかり甘やかされて、孔明は「魏延なしじゃ生きていけない」と依存するようになるのです。そりゃそうだろ! 

 (次回、「魂の救済編」に続く)

 

歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」の魅力(その2 周瑜編)

 江森備さんの小説「私説三国志」は、「不世出の天才軍師」諸葛亮孔明を主役にした物語です。孔明は「月光のように美しい」「白刃のように鋭い」という超絶美形設定。今でいうBLですが、孔明の思考回路が20代キャリア女性そのまんまなので、恐ろしいほどすんなり感情移入できます。今回は「私説三国志」の1巻と2巻から、孔明の最初の恋人、呉の武将、周瑜公瑾について解説します。

 

スーパー周瑜さま

 「江東の美周郎」として三国志の世界で広く美形として知られる周瑜は、もちろん本作でも屈指のイイ男。呉の大都督(総司令官)にして、風流の人としても知られ、見た目も家柄も良いスーパーエリート貴公子です。孔明の最初の恋人であり、永遠の心の恋人です。
 しかしコイツがまた、私からするとDV束縛不倫男にしか見えんクズっぷり。二人の出会いは建安13年冬、孔明が28歳、周瑜33歳。かの有名な赤壁の戦いの直前です。
 ちなみに周瑜には小喬という国で一番美人の奥さんがいるのですが、曹操と戦うために同盟国からたった1人で遣わされた軍師・孔明の美しさにすっかり心を奪われ、かれの身も心も自分のものにしようとします。そのやり方がひどい。
 幼少期に権力者にもてあそばれていた孔明のトラウマをついて脅す、叩く、1カ月監禁する、そして無理矢理抱く…と犯罪のオンパレード。美形貴公子じゃなきゃ到底許されんぞ。いや、たとえスーパー周瑜さまであっても、私はゆるさーん。
 このころの孔明は、外見ではなく、軍師としての自分の才能を評価してくれた20歳年上の主君・劉備に強い憧れを持っていました。しかし、劉備の方は、もちろん男の孔明なんかより若い女の子が大好き。なので孔明は完全な片思い。さながら劉備は、孔明の頭脳だけを必要とするどっかの大学の老教授か、会社の上司のような役回り。

 一方周瑜は、孔明の才能なんかよりも、とにかくその体をものすごい熱量で求め、すべてを支配しようとします。幼い頃に親の愛を知らずに育った孔明はとってもさみしがりやさん。全身を包み込むふかーい、ちょっと、いや、かなり、ゆがんだ愛情を毎晩その身に受けて、周瑜と嵐のような恋に落ちてしまうのです。
 孔明の野望は執政者となって中華帝国を足もとへ跪かせることでした。そのための教育を受けて、これまで苦しい努力を重ねてきたというのに…。周瑜に強烈に求められ、ダメダメ、と思いつつ、愛欲の海であっという間に自らの志を失いそうになります。やがて、この男にならすべてをささげてもいいかも。そんな考えが頭にちらついたとき、孔明は自分自身が怖くなって、周瑜の殺害を決意します。

 

恋とキャリアに悩む孔明

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「天の華 地の風」3巻より 孔明の色気がすごい

 

 この辺、読み始めはよくわからなかったのですが、おそらく孔明にとって、ハンサムで、荒々しくて、それでいて孔明にすぐにだまされる人のよい周瑜は、なんだかんだすっごく好みのタイプだったんじゃないでしょうか。
 仕事のキャリアがこれから、って時に、自分好みのハイスペック男に言い寄られて、「仕事を辞めて、俺だけのモノになってくれ!」と言われたら、多くの女性はどうするのでしょうね。「わかりました~!!」と、その男1人にすべてをささげて、何の疑問ももたなければ、それはきっと朝ドラヒロインのように幸せな人生なのでしょう。しかし、作者はそういう物語はお嫌いのよう。だいたいそんなの三国志じゃないよ
 というわけで、建安15年(西暦210年)孔明周瑜を毒殺するのですが、さみしい心は後悔でいっぱい。その後20年近く、周瑜孔明の心に居座り続けます。孔明は、ピンチになると周瑜が遺した琴爪をはめて琴をひき、心の中で「我を守れ 周郎……!」などと呼びかけるのでした。(次回「横柄な部下登場編」につづく)