歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」 勝手に名場面集 その2

 昨日、初めて「天華」でコメントもらいました☆ うれし~。本作を愛して、こんなブログまで読んでくれている人がいるんですね。ひゃっほー! というわけで(?)、名場面集を続けます。本業で締め切りの原稿がいくつかあるんだけど、そういう時に限って、手が止まらなくなるんだな。

 私は「天華」では、全10巻の中で、6巻が一番好きです。

 6巻が始まった時点では孔明は不敗の大将軍で華やかさがあるし、司馬懿仲達が出て北伐が始まって、展開にスピード感が出てきます。でも何よりも良いのは、単純に、魏延が優しい、ってことに尽きるな。後半に入って、彼はますます孔明をよく見て、よく理解しています。その深い愛情に、読んでいるこっちが癒される~。

 

4)「いまや、孔明は、魏延がかきならす楽器だった」

 これ、作中で一番いいベッドシーンじゃないですかね。興国の阿里王の館でのことですけどね。異国での花嫁行列、木製の仮面をつけた人たちのお祭り、天に上がる火球から落ちる花火…

 前段階のすべてがロマンチックです。そして夜具の上での二人のやりとりもいいんだな。「そうやって私を抱いて、おまえは誰のことを思っているのだ?」と愛情を確認しようとする孔明魏延は口ではつれないことを言いながら、終わったあとに、孔明が気づかないところで優しく愛撫するという…はっきり言ってこれは萌える! 表現も一文一文が短く、音楽にたとえられていて、なんだか上品です。芸大音楽科出身という作者の本領をあますところなく発揮。

 

 この場面での孔明は、権力も知性も理性もなく、サービス精神(!)すらなく、完全に自分をさらけだしています。そんな素の孔明を、その背中の傷までも愛する魏延。江森さんの中では、こういう愛こそが美しいってことになってるんだろうな、と思わせる。そして私も理想の愛の形だと思う。

 一つ気になったのは、忠実な家令・裴緒が声をかけるタイミングが絶妙すぎるぞ!

 ずっと扉の外で、邪魔しないようにタイミングを見計らっていたのかな…。結局怒られてますけど。ご苦労様です。

 

5)街亭の戦い(6巻)

 「泣いて馬謖を斬る」の故事で知られる街亭の戦いですが、本作では6巻後半からクライマックスの街亭の戦いに向けて、いくつかのエピソードが並行して描かれます。そのようすは複数の楽器が別々のメロディを奏でながら調和して最終章に向かうオーケストラのようにもみえます。

 孔明の隠された過去に迫る司馬懿仲達▽かっての恋人とそっくりな姜維の登場、馬謖の嫉妬▽孔明にはまったく身に覚えのない側室の妊娠▽孔明が心の奥で周瑜公瑾を忘れていないこと… 悲しすぎる6巻のラストに向けて、すべての要素が集約していく。その臨場感たるや…

 私が特に感心したのが、横山先生の漫画「三国志」ではほとんど印象のなかった諸葛喬です。私の手元にある正史「三国志」には、「諸葛亮にまだ子供がなかったときの後継ぎで(街亭の戦いと同じ)建興6年(西暦228年)に25歳で早逝した」としか書いていない。そこを孔明の側室の妊娠と結びつける江森さんの想像力。

 本作では孔明の側室に手を出す諸葛喬の若さ、そしてそれを許せない孔明の弱さが悲劇を生むのですが…諸葛喬と馬謖によって、ほんのわずかな私情の揺らぎで家族を死なせ、味方を大敗させてしまう権力者としての孔明の孤独が読者に痛いほど伝わってきます。「銀河英雄伝説」にも、ここまでの悲哀はなかったはず! これは堂々たる純文学だと私は思う。

 それにここでもさ、魏延の存在が切ないねえ。

 ここに到っても、「もうダメか」というピンチの場面で、孔明が心の中で名前を呼ぶのは周瑜魏延にあれほど優しく抱かれながら、かれは実は周瑜の形見の琴爪を肌身離さず持ち歩いていたのです。

 敵の大群を前に、朝焼けの門楼に上がり、亡き恋人を心で思いながら琴をひく。「我を守れ 周郎……!」。街亭の戦いにおける「空城の計」は、本作でも屈指の美しい場面です。そして、魏の旗をたなびかせて現れたのは…

 これでさすがの孔明も気づいたんじゃないのかな。本当はだれが今の自分を愛して、命がけで守ってくれているのかを。孔明の孤独を癒やすのが、亡き恋人の思い出じゃなくて、目の前にいる優しい男の強い腕、というのに読者の私は救いを感じます。

 そしてまた一つ気になったのは、孔明は忠実な家令・裴緒にちゃんと謝ったのか? 

  「黄娘が生んだ子、父はおまえだな」って決めつけて…ぜんぜんっ違う! 孔明、いくらなんでも人を見る目なさすぎ。こうしてみると、赤眉ってことも判明するし、6巻は家令の苦労人ぶりが際立っていますね。(勝手に名場面集 その3に続く)