歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」の魅力(その3 魏延編)

 まだまだ続くよ、天華の解説。筆が止まらないから仕方ない~♪ 今回「天の華 地の風」の3巻以降に登場する、孔明を守り続ける年下の男、魏延文長について解説しま~す。

「横柄な部下」登場

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「天の華 地の風」9巻の中表紙より 魏延、かっこいい!

 

 周瑜が死んだ後、2巻を読むと建安18年(西暦213年)、孔明(33)からの手紙を受け取った劉備が手紙の匂いをくんくんかいで「(劉備の)つぶやきに、感慨がにじんだ。意外なほどの甘さだった」などと書いてあったので、なんとなく、やっぱり劉備とうまくいくのかな~と思っていたら、いきなり3巻の冒頭は10年後の章武3年(西暦223年)で劉備はひん死でした。最前線の白帝城で、暴徒を前に危険な演説をする孔明が、自分の護衛にと満座の中から指名したのは…おやおや、まったく新しい男。「魏延、参れ」。魏延…いかにも悪そうな野蛮な男。なぜ彼が孔明のそばに? その秘密は3巻の終わりに明らかになります。

 

 魏延といえば、横山先生の漫画の三国志では、孔明に反抗しまくって、孔明の死後にその傲慢さから首を打たれた武将です。本作でも、傲慢で横柄。美しければ男でも女でもどっちでもいいやという野獣タイプ。貴公子の周瑜さまとは正反対。
 このころの孔明はひたすら孤独で暗いのですが、ストーリーは面白くなっていきます。(でも、時系列が行ったり来たりですごく読みづらい…)蜀内部の政敵で、キツネにそっくりという法正と繰り広げられる権力闘争。孔明は法正を倒すために、法正グループを徹底的に調べてその中から魏延に目をつけます。自分を抱かせて夢中にさせ、いいように操って政敵グループを壊滅させてやろうというもくろみでした。

 しかし残念なことに…孔明人を見る目はゼロでした。魏延孔明が思うよりもずーっと野蛮です。あまたの戦場を勝ち抜いた生粋のたたき上げ。周瑜をだました孔明の(ちょっと白々しい)手練手管も見事に見抜かれて、まったく通用しません。甘っちょろい孔明はここぞという修羅場で逆に魏延に弱みを握られ、脅される羽目に。「軍師の狂うさまがみたい」。まさかの恥辱シーンは真面目に18禁。

 

 魏延、ひどい!鬼畜!やさぐれ!と言いたくなりますが、元はといえば、孔明が自分から仕掛けた罠。それに、孔明は百戦錬磨の武将を相手に、体を使って操れるような神経の太さや技術(!)は最初から持ち合わせてないのです。

 3巻では魏延に脅されて「おまえなど殺してやるっ」とわめいていましたが、4巻で少し優しくされると、「なぜ?」といぶかりながらもすぐに彼に甘えて頼りたくなってしまうのでした。5巻になると、わめいていたことなどすっかり忘れて、自分から抱きついて首に腕を回す始末です。孔明よ、お前の超絶美形としてのプライドはどこに行った、と問い詰めたくなる無節操。しかし、ちょっと人間離れして不気味だった1、2巻にくらべ、男に振り回されているさまは、かわいい!

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「天の華 地の風」7巻 小林智美さんの挿絵はもはや芸術作品レベル

キャリア女子の最強パートナー伝説

  一方魏延の方は、せっかく最高権力者を自分のものにしたというのに、要求する内容と言えば「前線に出せ」くらいです。官職をよこせとか、給料を上げろとかさ、普通はそういうことを言いそうなもんですが。これでは、ただのやる気のある部下。そして、孔明のことをよく見ている。 時に冷静すぎるほどの観察眼こそ、この人の本領です。やがて、誰にも心を許さず兄弟すらも計略の道具に使い、ただ国家のために身を捧げ、そのくせたいして報われていない孔明のさみしさに気づいて、だんだん惹かれるようになります。

 

 この魏延という人。登場したころは、「それがしをないがしろにすると…」などと、私がこの世で一番嫌いなDV発言を連発していたので、なんだかな~と思っていました、正直言って。が、度重なる戦功によって社会的身分も上がり、孔明から必要とされていると実感するようになると、やがてキャリア女子の理想のパートナーへと変わっていきました。もしかしたら、その変貌ぶりこそが、この小説の一番のファンタジーかもしれません。

 まずスーパー周瑜さまが孔明の仕事を邪魔しまくっていたのに対し(敵だからしょうがない)、魏延は4巻の途中から部下として孔明の権力闘争を勝手にサポートし始めます。関羽を排除し、人間コピー機みたいなおじいさんまで貸してあげて、劉備のせいでぶっこわれた呉との国交を結び直すのにも一役買います。しかも

・人として間違っている時にはしかり(5巻)

・ぐっすり眠れない時には優しく抱いて寝かしつけ(6巻)

…とお母さんのような情の深さ。そうそう、仕事で失敗して疲れ果てていると、全てを受け入れてくれるお母さんがほしくなるよね~、と孔明の気持ちもよーくわかります。しかも感極まると、うわごとで周瑜の名前を呼ぶ(!)という失礼極まりない孔明の性癖に対しても、「自分の手の内にいることに変わりはない」などと言って、その心の全てを支配しようとはしません。そんなことはできないと最初から思っている様子。一見野蛮のように見えて、きわめて理性的です。後半、その苦しい胸の内がしだいに明らかになっていきますが…


 ともかく、脳内の99%が仕事という孔明にとって、仕事ができて(ここ重要)、長期間ほったらかしても浮気もせず、素の情けない自分を理解して受け入れてくれる魏延は、これ以上はない旦那さまなのです。

愛は語らず… 

 私が魏延について特に気に入っているところは、最後までほとんどデレなかったところですね。孔明が何度気持ちを確かめようとしても、口調はあくまで冷たいまま。ただ、態度だけは優しい…。どういう状況に置かれようと、デレず、崩れず、放り出さず、孔明を守り抜く彼は、まさに武将。マン・オブ・ザマン。作中には本心を悟られまいと理性を働かせる魏延の描写が何度も出てきます。それにはこういう理由が。

 孔明は、自分の覇業のために、情をかけてくれる相手を、男でも女でも利用して殺すとんでもないヤツです。孔明を知り尽くしている魏延は、自分の執着心を利用されることを警戒しているのでした。おぼっちゃまの周瑜さまのように、熱っぽく愛を語ることはありえません。ただ、裏に表に、命がけで孔明を守るのみ。

 例えば終盤の8巻。第四次北伐で、蜀軍を率いていた孔明は、祁山から全面撤退するときに、最後尾で自分を盾にする作戦に出ます。総大将が最後尾の時には、秘策を恐れて敵が追撃してこないだろうという見通しですが、実はなーんの策も用意していないという…。とても三国志諸葛亮孔明とは思えん無策ぶり。セオリーを無視した魏の大将・張郃の騎馬兵に追撃され、蒼白になる孔明。一緒にいた魏延は、ふるえる孔明を守って死にかけます。

 張郃は何とか討ち取ったものの、責任を感じてべろんべろんに酔っ払い(オイ!孔明!)、「何度私のために命を張ったのだ。不本意な扱いばかり受けていると思ったことはないのか?」と尋ねる孔明に、「あなたがこの国の権力者だから(守っているだけ)」と平気な顔でひとこと。かっこいいのう…。

 作中における魏延の役割は、野蛮そのものと思われた3巻冒頭での登場シーンから戦慄のラストまで、姫を守る騎士、もしくは仕事中毒人間の優しき伴侶でした。そんな彼に芯まですっかり甘やかされて、孔明は「魏延なしじゃ生きていけない」と依存するようになるのです。そりゃそうだろ! 

 (次回、「魂の救済編」に続く)