歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」の魅力(その2 周瑜編)
江森備さんの小説「私説三国志」は、「不世出の天才軍師」諸葛亮孔明を主役にした物語です。孔明は「月光のように美しい」「白刃のように鋭い」という超絶美形設定。今でいうBLですが、孔明の思考回路が20代キャリア女性そのまんまなので、恐ろしいほどすんなり感情移入できます。今回は「私説三国志」の1巻と2巻から、孔明の最初の恋人、呉の武将、周瑜公瑾について解説します。
スーパー周瑜さま
「江東の美周郎」として三国志の世界で広く美形として知られる周瑜は、もちろん本作でも屈指のイイ男。呉の大都督(総司令官)にして、風流の人としても知られ、見た目も家柄も良いスーパーエリート貴公子です。孔明の最初の恋人であり、永遠の心の恋人です。
しかしコイツがまた、私からするとDV束縛不倫男にしか見えんクズっぷり。二人の出会いは建安13年冬、孔明が28歳、周瑜33歳。かの有名な赤壁の戦いの直前です。
ちなみに周瑜には小喬という国で一番美人の奥さんがいるのですが、曹操と戦うために同盟国からたった1人で遣わされた軍師・孔明の美しさにすっかり心を奪われ、かれの身も心も自分のものにしようとします。そのやり方がひどい。
幼少期に権力者にもてあそばれていた孔明のトラウマをついて脅す、叩く、1カ月監禁する、そして無理矢理抱く…と犯罪のオンパレード。美形貴公子じゃなきゃ到底許されんぞ。いや、たとえスーパー周瑜さまであっても、私はゆるさーん。
このころの孔明は、外見ではなく、軍師としての自分の才能を評価してくれた20歳年上の主君・劉備に強い憧れを持っていました。しかし、劉備の方は、もちろん男の孔明なんかより若い女の子が大好き。なので孔明は完全な片思い。さながら劉備は、孔明の頭脳だけを必要とするどっかの大学の老教授か、会社の上司のような役回り。
一方周瑜は、孔明の才能なんかよりも、とにかくその体をものすごい熱量で求め、すべてを支配しようとします。幼い頃に親の愛を知らずに育った孔明はとってもさみしがりやさん。全身を包み込むふかーい、ちょっと、いや、かなり、ゆがんだ愛情を毎晩その身に受けて、周瑜と嵐のような恋に落ちてしまうのです。
孔明の野望は執政者となって中華帝国を足もとへ跪かせることでした。そのための教育を受けて、これまで苦しい努力を重ねてきたというのに…。周瑜に強烈に求められ、ダメダメ、と思いつつ、愛欲の海であっという間に自らの志を失いそうになります。やがて、この男にならすべてをささげてもいいかも。そんな考えが頭にちらついたとき、孔明は自分自身が怖くなって、周瑜の殺害を決意します。
恋とキャリアに悩む孔明
この辺、読み始めはよくわからなかったのですが、おそらく孔明にとって、ハンサムで、荒々しくて、それでいて孔明にすぐにだまされる人のよい周瑜は、なんだかんだすっごく好みのタイプだったんじゃないでしょうか。
仕事のキャリアがこれから、って時に、自分好みのハイスペック男に言い寄られて、「仕事を辞めて、俺だけのモノになってくれ!」と言われたら、多くの女性はどうするのでしょうね。「わかりました~!!」と、その男1人にすべてをささげて、何の疑問ももたなければ、それはきっと朝ドラヒロインのように幸せな人生なのでしょう。しかし、作者はそういう物語はお嫌いのよう。だいたいそんなの三国志じゃないよ!
というわけで、建安15年(西暦210年)孔明は周瑜を毒殺するのですが、さみしい心は後悔でいっぱい。その後20年近く、周瑜は孔明の心に居座り続けます。孔明は、ピンチになると周瑜が遺した琴爪をはめて琴をひき、心の中で「我を守れ 周郎……!」などと呼びかけるのでした。(次回「横柄な部下登場編」につづく)