歴史小説の傑作「天の華 地の風 私説三国志」の魅力(その1)

 何の因果か、この作品を開いてしまってから丸2カ月。ほかのことがまったく手につかなくなるほどはまってしまい、なかなか現世に戻ってこられません。江森備さんの小説「天の華 地の風 私説三国志」(通称「江森三国志」もしくは「天華」)です。すごい衝撃だ。この喜びをお伝えしたく、また自分の気持ちを落ち着けるために、2年ぶりにブログを更新することにしました。今も本来の業務の締め切りに終われまくっていますが、もはや手が止まらない。好きなものを書くこの喜び…。幸せ…。

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「天の華 地の風」10巻

 本作の主役は「三国志」の有名人、諸葛亮孔明です。作中での孔明は頭が切れて孤独な超絶美形の設定。そしていわゆるBLものです。しかし、しかしですよ、この時点で切り捨てるのはあまりにもったいない。孔明の思考回路はキャリア志向の20代女子そのもの。権力闘争に明け暮れる姿は、愛を求める孔明の「居場所探し」です。2000年前の中国というアナザーワールドぶりと合わせて、驚くほどすんなり孔明に感情移入できます。

 三国志の世界を内側から堪能

 例えば2巻。劉備玄徳をトップにした蜀(当時は荊州軍)で「軍師どの」と祭り上げられていた孔明ですが、仕事のライバルのスーパー不細工・龐統ほうとう)の出現によりあっさり左遷となり、「恋愛よりも仕事を選んだ自分は何だったんだ」と後悔しまくる。そして、さみしすぎて、龐統に体を開きかかるわ、どうでもいい男(関羽)にアプローチするもスルーされるわ…。この情けない姿。とても他人事と思えん。よくもまあ作者は、歴史上の英雄で、しかも男性であるはずの諸葛亮に、これだけ自分自身を寄せていったもんだ。その想像力には恐れ入ります。
 その結果、かの猛々しき波乱に満ちた三国志の世界を、中心人物の孔明となって内側から100%堪能できる、というのが本作の魅力ではないでしょうか。だって、三国志は基本的に男の世界。女性の登場人物はほとんどいない上に、絶世の美女や女将軍であっても、男の所有物として扱われるばかりです。物語のダイナミズムを味わうか、作中の誰かに恋するか。それでも十分楽しいのですが、恋愛感情も含めて主要人物に完全に感情移入できれば、ぐぐっとその世界が深まる気がします。

 さらに言えば、この作品のマジックは、結構史実に沿っているところです。2000年も前なので、「史実」と言えるのは、「三国志正史」など中国の歴史書にわずかに残された記述のみなのですが、そこから作者の想像力が炸裂。史実は変えないまま、その間の歴史のあいまいな部分をついて、かの「直虎」のごとく、「たぶんこうだったんじゃないか劇場」(BL版)を大展開しています。その結果、歴史の悪役「小野政次」がもはや直虎を守って死んだイイ男にしか見えないように、三国志前半で急死した英雄は、「 周瑜 劉備関羽もみーんな孔明に殺された」などと思い込む、江森史観に取り憑かれてしまうのです。

 

昼間は取りすましている孔明が…

 あと、魅力と言っていいのかわからないけど、基本的にエロいです。孔明はいい年して恋愛偏差値40くらいの不器用鈍感人間ですが、美形過ぎて子ども時代に董卓呂布に開発(!)されてしまい、その体はめっちゃ敏感という設定。そこで、イヤがりながらも、ちょっとの刺激にふるふるしちゃうのでした。うーん、これぞエロの基本。
 昼間はとりすました顔で政務や軍務に采配をふるう孔明が、夜になるといろんな意味で百戦錬磨の横柄な部下(魏延)にいいように翻弄されて、「やめよ。頼むから。声が外に漏れちゃうからっ」とこらえきれずに半泣きでガクガクするさまは…ひたすらエロいです。しかも、場面ごとに濡れ場がちゃんと描き分けられ、流れの中で意味を持っているご丁寧さ。 なに、これは? 天からのごほうび?? そうか、少女漫画じゃ許されない表現も、小説ならOKなんだ、と妙なことに納得。しかし、作者はもともと芸大音楽科の出身。すべてが音楽のように美しく、品位を落とさずに進んでいくので、一般の読者も心配いりません(何が?)。

 

三国志ファンからも熱い支持

 30年以上前に投稿作として雑誌「小説JUNE」で連載され、その後全9巻は絶版になっていましたが、「復刊ドットコム」というサイトで400件もの署名を集めて「新装版」として07年、2012年に外伝を加えた全10巻で復刊されました。私自身も、復刊の電子版全10巻で初めて本作を読破しました。キンドル版は432円から。電子化されてこの値段なのは2017年からなのでラッキー。そして特筆すべきは、三国志好きの男性たちからの支持の多さです。ほかのJUNE系小説ではありえないことです。

2ちゃんねる
(暴挙 江森三国志を語ろう https://curry.5ch.net/test/read.cgi/warhis/1011359795/
・丁寧に書かれた男性のみなさまのブログ
(うな風呂https://blog.goo.ne.jp/unagi0924/e/c7f6d3c7495f7d4af940cafcb22dc504
(江森三国志 http://www5.synapse.ne.jp/kabahiko/newpage421.htm

 を見てみると、参考文献の多さや時代考証の確かさ、そして何より、権力抗争や面子にこだわる登場人物たちの生々しさがオリジナリティとなり、三国志ファンにも高く評価されていることが分かります。

 その意味での完成度の高さは、上記に譲った方が良さそうなので割愛します。何しろ私は、三国志といえば横山光輝さんの漫画しかまともに読んだことがないので。(これもめちゃ面白いのですが…)。復刻版の後書きによれば、作者自身は男性向けの歴史物語と、女性向けの恋愛物語と、両方の面白さを追求すべく努力していたとのこと。
 そこで次回は、「私説三国志」のドカーンと直接ハートに響いていくる情愛世界の側面について、恐れ多くも勝手に解説したいと思います。

(次回、スーパー周瑜さま編に続く)