【直虎32話までの感想】あえて言おう、なつへのプロポーズはいらない

 久しぶりの更新になります。25話でうきうきしていた直後にノベライズ3巻を読んでしまい、この政次からなつへのプロポーズシーンに、氷水をいきなりぶっかけられたような衝撃を受けました。控えめに言って、大失恋です。しばらく食事がのどを通らず、なぜこんなことになったのかと考えて考えて…。ブログを書くエネルギーがなくなってしまいましたが、本編みてもやっぱりプロポーズに納得いかないので、あえて書くことにしました。

 

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■アンドレじゃなかったの?

 ノベライズ3巻読むまでは、政次はアンドレだと信じ込んでいたんですね。アンドレというのは、死ぬ直前にオスカルと身も心も結ばれる恋人、伴侶です。だから、直虎も、まあ、尼なんで結ばれることはなくても、いつか政次の思いに気づき、二人は男女としても思い合うようになると、心のどこかで思っていた。
 ところがどっこい、政次は死ぬ前の回に、一緒に暮らしているなつにプロポーズ。「おいコラ、『おとわさまに憧れていた』『殿をやっている殿が好きだ』って、なぜ本人に言わない!」。そしてなぜ、政次が向き合って優しく抱きしめるのが、なつなんだよ~。
 男は自分を愛して、理解してくれる女性を求める。そういう女性の前でだけ、心を開くことができる。それはわかりきった習性です。なぜそのリアルをこの局面にぶっ込んでくるのか。どうせ来週、直虎のために死ぬんじゃないの?死ぬときは直虎だけを思うんじゃないの?だったら、変にリアルを持ち込まず、直虎への愛を一途にストイックに貫いてほしかった

 

■これは私のワガママですが…

 直虎は、他の男を好きになっている。殿としての仕事が一番大事。自分一人のものにすることは決してできない。だけど、そんな直虎を、殿としても、女性としても、ずっとずっと愛し続けてほしかったんですね。これは女のわがままなんですけどね。そこが、「政次の不憫」の正体で、みんなが政次を愛した理由じゃないですか。
 二人の囲碁シーン。一番最初の19話では「いつでも(殿)を降りられてもかまいませぬぞ」だったのが、最後になる今回では「降りることなどかないませぬ」となっている。ずっと直虎を待ち続けていた政次が、直虎の領主としての才能を認め、同時に女性として自分のものにするのをあきらめたことを意味しています。直虎への初恋をあきらめた直後に、寂しさから、あるいは責任感から、自分を愛して支えてくれた女性にプロポーズ、って流れなんだろうけどさ。

 「逃げ恥」や「椿町ロンリープラネット」をあげるまでもなく、「同居もの」は少女マンガのド定番です。かいがいしく世話をするうちに片思いの人に愛してもらえるようになるってのは、それはそれで大好きなテーマなんだけど、ずっと直虎目線で見てきてるんだからさ、今さら急に切り替えられないよ。

 所詮はノベライズ、公式を見るまでは、と思って今日まで何も書かずに来ましたが、やはり本編ドラマをみても、「プロポーズしないでほしかった」という思いは消えないですね。直虎は、自分で気づかないうちに、政次を二度失うことになった。脚本家の人、ヒロインに厳しい、というのは、本当だったんだなあ。